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都市内の空き地や工場敷地に都市空間整備が

都市史の説明において住宅地域を記述した研究では,鈴木(1996)は,ロン

ドン郊外におけるエステート開発がヴィクトリア朝期の地主によるものから
19世紀後半には投機的開発業者へと移行した過程を概説している。この他に
も,住宅地域の形態的側面を中心に居住者についても触れたものとして,高橋

(1981)は都市史的観点からみたフランスの都市の都市空間の変遷について,
次のように述べている。18世紀に都市計画が行われ,貴族やブルジョワジー
の大邸宅が形成された後,19世紀に労働者階級とブルジョワ階級の社会階級
の空間コントラストがみられるようになり,その時に広い新しい道路,広場の
周りや業務地区内にバルコニー付きのブルジョワジーの大邸宅,中心部から離
れて環境の良くない地域に立地し,入り組んで汚い街路網には中産階級は小さ

な個人所有の家屋や賃貸アパルトマンに居住していた。1900~50年にかけて
地下鉄や郊外電車などによって無秩序な都市化が進行した一方で,19世紀末
から労働者の住宅を供給する組合の組織化によって安価な共同住宅が建設され
た。第二次世界大戦後,都市と農村の境界の外延部における集合共同住宅建設
と都市内の空き地や工場敷地に都市空間整備が行われた。この結果,同一規格
の建築に同世代の居住者が吸収され,世代の隔絶が生じたとした。

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ところで,郊外化に対する新たな視点として,ジェンダーとの関係から都市
の郊外化にアプローチする社会学の分野における研究が注目される。先に紹介
したハイデン(1991)によると,アメリカン・ドリームの象徴的存在であった
都市の郊外化は,男女の役割の分化や家族形態に大きな影響をもたらし,新た
な問題を生じさせてきたことを指摘している。

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居住者の社会階層,年齢階級の画一性

(ハーヴェイ;1980,p.92)ことが示されるとともに,ノン・ホワイトの中心
都市への沈澱をいわゆるフィルタリング・ダウンという形でメトロポリス空間
に埋め込む端緒形態が観られるからである」(p.203)。この意味で「1970年以
降取り沙汰されるようになる『都市の危機』の遠因は,すでに郊外化のメカニ
ズムそのものに内在するものであった」(p.204)とし,「中心都市が豊かな白
人の流出によって財政基盤が弱まるにもかかわらず,『利用空間』として日々
中心都市に流入してくるサバーバナイトの昼間型需要の諸機能の充足と都市イ

ンフラストラクチャーの整備に追われるという段階から,こうした『郊外によ
る中心都市の搾取」を放置したまま格差=社会的不平等の構造を内包したメト
ロポリス的生活様式が臨界局面に達し,メトロポリス全体が疲弊の色を濃くし
ているという段階に至っている」(p.206~207)と指摘した。

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こうしたことから,吉原(1993)は大都市の危機を招いた郊外化の進展に関
して,メトロポリス自体の存寸基盤を危うくするようになってからは,サバー
バニズム論の陳腐化が避け難いものになっているとし,「サパーパナイトが同
質型コミュニティに封入されるなかで,〈郊外の魅力〉論が急速に色あせたも
のとなりつつあることが指摘されねばならない」(p.207)と述べている。こ
のような郊外に対する批判はかなり古くから出されており,マンフォード
(1969)は住宅の画一性とともに居住者の社会階層,年齢階級の画一性をあげ,
低級な同じ形の環境と批判している。このような批判は他の分野からも数多く
なされており,三浦(1995)によると,郊外は「社会の癌」「都市計画の災禍」
「インスタント・サパーブ」「スラムとサバーブの合成したslurb」「混乱した
郊外のdisturbia」などと嫌われ,「大規模郊外住宅地とその住民は,無個性
な,本来の人間のあるべき姿とはかけ離れたものとして忌避された」(p.51)
とされる。また,三浦は郊外住宅地の均質性と無個性さが,親から子の世代へ
再生産される社会システムそのものが批判されていると述べている。

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郊外の同質性の強調

注目さるべきは,これら3つの特徴が輻壊して,『階級なき郊外社会』という
イメージが増幅されてきたこと,そしてそうしたイメージの増幅過程で郊外の
『同質性』が強調されたことである」(p.198)と述べている。吉原はこのよう
な郊外の同質性の強調について「郊外像がますます〈神話〉化されるとともに,
同質性が画一性を生み,ひいてはコンフォーミティ(同調性)を強制する」

(p.198)ためであるとしている。
杉浦(1994)は,このような空間的隔離と均質性(社会階層,所得水準,人

種構成,家族・年齢構成,建築様式や居住空間,獲得する情報や価値観のいず
れの面における等質性)を郊外化の特質として,また自動車による郊外化とし
て捉えている。鵜月(1994)は郊外化の結果,都心と郊外の対比に階級的分断
を見いだしている。また吉原は「こうしたサバーバニズム論は,現実の郊外と
か郊外化にたいする事実認識以上に,このような状況が現出する象徴としての
サパーバナイト(郊外人)のライフスタイルへの,中産階級に特有の『思い入
れ』が込められていた点に一つの特徴が見いだされる。」(p.196)と述べてい
るが,竹田(1994)も「中産階級の郊外化プロセスは,アメリカ中産階級の生
活・再生産様式の創出そのもの」と主張した。

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また吉原(1993)は,ハーヴェイによる「建築形態」としての郊外化および
郊外的生活様式のありようを切り離して一考察する必要性を主張した。すなわ
ち白人による郊外への移動と非白人の中心都市残留はホワイト・サバーバニ
ゼーションの進展と指摘され,そこには「『高所得・高学歴の者ほど郊外によ
りよい環境を求めて移動するという,ホワイトの間ですでに一般化した行動パ
ターンがノン・ホワイト人口の間ではいまだ同じ程度に一般化していない』

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近代メトロポリス全体をつくりかえる能力

この点に関して大場(1993)は,アメリカ合衆国の映画,小説,写真集など
で表現された郊外住宅地の姿やイメージを記述しているが,アメリカの住宅に
関する研究書から郊外化のルーツについて「ひとつは,イギリスからアメリカ
に渡った初期の移民が新天地に本国にあった荘園の邸宅とか別荘のイメージを
植え付けたということ。もうひとつは,人々がフロンティア・スピリットに駆
り立てられた,開拓時代の土地の所有や生活が,一戸建ての独立した住宅に結
びつき,アメリカン・ドリームの一端を担っているということ」とメンタルな
部分でのアメリカ人の郊外への思い入れを分析している。

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また,フィッシュマン(1990)もアメリカ合衆国の郊外化は上記のイギリス
における郊外化が起源であり,スポイルされない都会と田舎の総合という,サ
パーピアの概念がその意味を失いながらも,「18世紀ロンドン商人のかぎられ
たエリートのためだった周縁的なかたちから,サパービアは,アングロ・アメ
リカン中流クラスが選ぶ住宅地に,近代メトロポリス全体をつくりかえる能力
ある都市形態になるほどに成長した」(p.6)と述べている。

同様に,都市社会学の視角から吉原(1993)は,サバーパニズムの論理とし
て「階級なき社会」・同質的社会・地位社会の観点から「これまでの郊外研究
は総じてハードよりはソフトに力点が置かれる傾向にあったし,そこから共通
に導き出されるサパーバニズムの性格は,一に社会構成面における強い近隣関
係,階級の衰微(→『中間層』化),拡大された家族機能という点にあった。

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緊密で安定したコミュニティに

すなわち,その社会的背景とは「都会の堕落をのがれた,自然との調和を
回復した,富と独立に恵まれながらしかも緊密で安定したコミュニティに守ら
れた家族という,複雑な,心動かされるヴィジョンを表現する郊外デザインの
力量から出てきた」(p.5)ものである。さらにそれは,アングロ・アメリカ
ン中流クラスの集団的創造とする社会的背景である。ここで用いられているサ
バーピアは大場(1993)による定義でいうと郊外住宅地をさすのではなく,郊
外地域での生活様式を意味する。

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すなわちサバービアは,元来発祥の地であるイギリスにおいて18世紀の都
市周辺部が最も貧しい住民と悪臭のひどい製造業者が追いやられた,不名誉な
貧民窟であった事実に対してラディカルに新しい都市生活の対立を示すもので
あり,「印象的に,階級の富と特権の集団的主張」(フィッシュマン;1990,p.
10)をあらわし,労働者クラスなどの下層階級から自分自身と家族を分離した
り,仕事と家族の分離をブルジョワジーなどのエリート階層(後に中流階層へ
と拡大)が願望したことに加えて,徒歩から各種交通機関の発達による技術的
な背景があって発達したものである。同様に,マーシュ(Marsh;1990)は
都市史の立場から郊外生活がもたらす家庭生活と中流階層の生活様式との関連
について記述している。郊外の住宅地開発が富裕階層向けとして,地主と投機
的な建設業者によってなされたことはアシュワース(1987)も都市史の立場か
ら都市の生活環境の悪化と居住条件の改善および都市計画運動への展開の一連
の流れから説明している。

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施主の信頼

子供の頃、職人と言えば大工、左官、屋根葺きなどが主なもので、昔の大工は朝飯前に来て、のみや鉋(かんな) を研いで仕事の段取りをつけ、朝食を御馳走になって仕事に取りかかっていた。一方、古い友人宅の話であるが、材料の手持ちがあったので、一日いくらという契約で、ある職人に仕事をお願いしたら、朝八時に来て、まずのみや鉋を研ぎ、段取りをしてから一服して、実際に仕事を始めたのは一○時だったと嘆いたことがあった。この二つの例の根本的な違いを比べて見ると、前者はよい仕事を早く終わらせて、施主に負担をかけまいとする思いやりの気持ちを持っていることが行動に表れており、施主の信頼を得ることにつながっていた。後者は、一日いくらしか貰えないんだから、現場に来る前に、のみや鉋を研いで来る必要はないという自己中心的な考え方によるものであり、これでは施主側との信頼関係は生まれない。私は、紙より薄く削る鉋かけを見るのが楽しかった。しかし今は、新建材という名のもとに工場で加工されたものがほとんどとなり、見る楽しみがなくなってしまった。業者の立場からすると、昔と違って一○時や三時にお茶や茶菓子を出して欲しいと思っている人はいなくなった。でも施主の立場からすると、このようなことがわずらわしいと思い込み、自分達の現場でありながら足も運ばなくなってしまうケースがある。このような施主に限って、工事期間の短縮を要求する。ところで、不動産に関するあらゆる情報は、←こちらから収集できます。こんなケースは必ずと言ってよいほど、引き渡し近くになってトラブルになる。工事請負契約書によって工事金額は決まっているので、職人の頭数が増えたとしても、施主にはなんら影響はない。上棟後に雨に濡(ぬ) れてしまったら、日を空けて乾かすくらいの配慮のある業者なら信頼できる。施主の側から信頼を壊すようでは、満足できるマイホームを望むべくもない。業者も人間、職人も人間である。現場に足を運んで、「ごぐろうさん」「お世話になります」「お疲れさま」などの声をかける気くばりをするだけで、信頼は深まる。

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住み方

ある日、若い奥様が尋ねて来られて「あなたが建てた家を拝見して気に入っているのですが、宅地を紹介してもらったので、その業者にお願いすることにしました。勝手なお願いですが、いろいろ教えていただけませんか」と言った。その内容は「こんな材料を使いたいが使ってもらえるだろうか」ということで、まさに不思議な話というほかなかったが、結局間取りと外観のみを話し合って、自分達はどんな住み方をしたいかとか、家族にこんな問題があるとか、健康を考えた材料を使って欲しいとか、肝心な話が全くなされていないのに驚かされた。間もなく見積書ができ上がるということなので、見積書には仕様書が添付されているから、御夫婦でその仕様書をチェックして、不明な点や変えてもらいたい点があったら印を付け、業者の方と充分話し合い、納得いく説明を受けるようにとアドバイスした。すると更に不思議な質問があって、直接関係はないが不安になった。「仕様書は書いてもらえるでしょうか。仕様書を書いてもらえなかったらどうしたらいいですか?」不思議な質問と表現したのは、見積書は仕様書に基づいて作るものであって、仕様書がない見領りは丼(どんぶり) 勘定そのものであるからだ。それから二日ほどしてから電話があって「仕様書は持ってきませんでした。標準仕様でやりますから安心して下さい」と言われたそうである。この標準仕様というのが曲者なのだ。昔から当たり前のように言われている安全な方法は改めて確認しましょう。その他の不動産に関する情報は、←こちらのサイトからたくさん見られます。最近、広告などで「標準仕様で坪○○万円」というのをよく見かける。質問することは決して恥ではない。迷わず質問することで未然に防ぐことができたり、解決の糸口が見出せる。

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建材メーカー

但し、業者に質問する場合は注意が必要である。なぜなら、建材メーカーの請け売りが多く、専門的な知識を持っている人はまだ少ないからだ。また、中小業者の中には、専門家と言われる人を招いて講演会などを催す場合があるが、主催する業者側に知識がないと、依頼する段階での打ち合わせで依頼される側に対して真意が伝わらず、その結果、客には期待外れに終わることもあるので、事前に内容について問い合わせておくとよいだろう。別な見方をすれば、客集めが目的で講演の内容に重きを置かない場合があるので注意した方がよい。まして物をくれるような場合には、中身はないと言って間違いない。だいたいマイホームを決めるのに、物をもらったからという理由で決めるようでは、快適な住み心地など期待できない。強い言い方をすれば、住み心地に不満を持っている人は、その業者に何度文句を言っても解決にはつながらない。過ぎたことを悔い、輻されたことを悔いてもなんの解決にもならない。全てが自分の無知であったことを反省して、気持ちを楽にして関心を持つことである。他人の不幸を笑う者は小者であり、必ず自分に跳ね返ってくる。対策はたくさんある。自分に合った方法を選ぼう。←ちなみにこちらからは多くの物件を見ることができます。対策を見て参考にしましょう。自分の無知を恥ずかしいと思わずに質問する勇気があれば、周りは理解し、協力してくれるはずである。商売はユーザーが中心に存在し、ユーザーなくして商売はなり立たない。一本の木綿糸も一○本、二○本束ねると強くなるのと同じで、どんな業界でもユーザーの力で変えることができるのである。

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無理な宅地造成

手抜きによる欠陥があったにしても、地盤になんの問題も起こらなければ話題になることもなく、平穏な暮らしが続いていたのではないか。二五年から三○年近く住み続けて建て替えの話をする人もあったのではないかと想像される。このような話をすると、まるで欠陥住宅を建てた業者を弁護しているように受け取られる方もおられると思うが、決して欠陥住宅を認めたり、よしとしているわけではない。今日は、昔のような解放型の住宅が少なくなって、間仕切りが多くなり、内側の壁にはクロス仕上げの下地材として石膏(せつこう) ボードが一面に張られ、外壁はサイデングや、モルタル仕上げの場合は下地材としてラスポードが張られている。これらは耐力を維持するための役割を果たしているため、白蟻(しろあり) や湿気による腐れなどの被害で、一部の柱が宙に浮いた状態にあっても、地震のような大きな衝撃がない限り、表面に出にくいということを申し上げているのである。有った方が良い設備やしっかり固定したり守ったりしなければならない設備もある。←いろいろな設備はこちらのサイトから確認してください。最近、これまでの布基礎から、べた基礎を採用する施工業者が多くなって、地盤の問題はべた基礎によって解決したと思っている施工業者も少なくない。知っている限りでは、地下一・八メートルの所に水脈があると忠告したにも拘らず、べた基礎なら安心と施主側を説得して着工した例が何軒かある。別な言い方をするなら、建物そのものについては住宅金融公庫の融資条件を満たしていれば、ほかの部分に欠陥があっても、返済期間内に施工業者とトラブルになるような問題は発生しにくい。問題となる要因は地下に存在し、無理な宅地造成や、これらを許可する監督官庁に指導能力がないことと、地表から上の部分(建物)の規制のみが強化され、地下の部分については開発会社や造成業者まかせの部分があまりにも多い。

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欠陥住宅

市街地を外れた宅地開発や区画整理事業などでは、山林であったのか、田んぽや畑か、沼地や以前川が流れていたところか、凸凹がどの程度あったのか、産業廃棄物の処分場や業者の廃材置場になっていなかったか、などについて事前に知り得たし、記録に留めておくこともできたはずである。造成後の販売にあたっては、この情報を公開し、造成過程でどのように対処したかを明記すべきで、価格もこの点を考慮して決定されなければ、公平な販売や、公平な負担は存在しないことになり、単なる運・不運で解決するやり方が横行する事態となる。それには到底納得がいかない。偉い先生方や政治家でこのことを指摘する人は誰もいないが、不動産は買手が自ら安全を確保するための手だてをしなければならないという考え方は間違っている。果物だって、品質が落ちれば安くなるのが当たり前で、宅地だけが例外と言う論理はなり立たない。数年前、宅地造成して戸建て住宅の販売を行ない、これが欠陥住宅としてマスコミを通して全国に報道された事件があった。この報道の中で特に大きく取り上げられたのは、建築物に対する手抜き工事による欠陥であったように記憶しているが、実際に報道された以上の欠陥工事が、実は古くから行なわれていた。千葉県市原市に住む私の親戚の家は、二三年以上前に建売住宅として購入したものであるが、五年ほど前に一部増築することになって解体したところ、耐力を保つための筋交がはいっていなかった。当時は、よく八年以上も持ったものだなあと感心したが、その後数多くのリフォームエ事を手がけてきて、このような場面に遭遇することが珍しいことではない。不動産に関しては、政府の動向にもチェックが必要です。←こちらから不動産知識を養いましょう。首都圏を中心として欠陥住宅は数多く存在し、今なお、何事もなく住み続けている人も多いはずである。私の親戚の場合は、建築される以前の土地は畑として使用された後、開発業者が宅地造成を行ない、一年以上も放置していたことがわかった。畑地は割合水捌(は) けがよく、盛土して一年以上放置されたことにより地盤が安定していたことが幸いした。

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