panelarrow

施主の信頼

子供の頃、職人と言えば大工、左官、屋根葺きなどが主なもので、昔の大工は朝飯前に来て、のみや鉋(かんな) を研いで仕事の段取りをつけ、朝食を御馳走になって仕事に取りかかっていた。一方、古い友人宅の話であるが、材料の手持ちがあったので、一日いくらという契約で、ある職人に仕事をお願いしたら、朝八時に来て、まずのみや鉋を研ぎ、段取りをしてから一服して、実際に仕事を始めたのは一○時だったと嘆いたことがあった。この二つの例の根本的な違いを比べて見ると、前者はよい仕事を早く終わらせて、施主に負担をかけまいとする思いやりの気持ちを持っていることが行動に表れており、施主の信頼を得ることにつながっていた。後者は、一日いくらしか貰えないんだから、現場に来る前に、のみや鉋を研いで来る必要はないという自己中心的な考え方によるものであり、これでは施主側との信頼関係は生まれない。私は、紙より薄く削る鉋かけを見るのが楽しかった。しかし今は、新建材という名のもとに工場で加工されたものがほとんどとなり、見る楽しみがなくなってしまった。業者の立場からすると、昔と違って一○時や三時にお茶や茶菓子を出して欲しいと思っている人はいなくなった。でも施主の立場からすると、このようなことがわずらわしいと思い込み、自分達の現場でありながら足も運ばなくなってしまうケースがある。このような施主に限って、工事期間の短縮を要求する。ところで、不動産に関するあらゆる情報は、←こちらから収集できます。こんなケースは必ずと言ってよいほど、引き渡し近くになってトラブルになる。工事請負契約書によって工事金額は決まっているので、職人の頭数が増えたとしても、施主にはなんら影響はない。上棟後に雨に濡(ぬ) れてしまったら、日を空けて乾かすくらいの配慮のある業者なら信頼できる。施主の側から信頼を壊すようでは、満足できるマイホームを望むべくもない。業者も人間、職人も人間である。現場に足を運んで、「ごぐろうさん」「お世話になります」「お疲れさま」などの声をかける気くばりをするだけで、信頼は深まる。

EZ195_L

Comments are closed.